【大内宿記念館】...戊申戦争での舞台となって、本陣に関する記録・素面などが焼失してしまった。そのために同じ街道筋にある泉沢宿・川島宿の本陣を参考にして復元されたものである。
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【偶然出会った珍しい屋根の葺き替え】
【向かいに見える場所が突き当たり】
【左の鳥居付近が大体半分位の位置...突き当たりに見える山肌が全体俯瞰写真撮影のポイント】
<添付写真 8枚>
 下野街道(しもつけかいどう)は、会津藩が隣国へ通じる際の本道五街道(下野街道、白河街道、越後街道、二本松街道、米沢街道)のひとつで、会津若松城下から日光の{今市宿}までの、総延長32里(132km)の街道です。会津から江戸に至る最短ルートとして、政治的・経済的に大変重要な街道として使われていました。
 参勤交代は5泊6日で行われていたそうですが、総数600人と言われ、この宿も大層繁盛したといいます。旅人の一日の移動距離は大体10里(40Km)程で、会津を出て南へ約5里(20Km)この地は休憩するのに丁度よい所だったのでしょう。

 その当時の宿場町として、山間にぽつんとある集落がきちんと保存されています。この街道は、豊臣秀吉、伊達政宗、吉田松陰など多くの歴史上の人物が往来したといわれます。入り口にある駐車場から、歩いての散策になります。大体500m位になりますか。電信柱など一切見えるところにはなく、道路も舗装されていません。全体の俯瞰写真は、突き当たりの山間から撮るのだそうですが、そこまで行くのが億劫なので止めました。次回に挑戦してみましょう。

 当時ののんびりした様子が、写真から読み取れますかどうか...
【郵便ポスト】

●大内宿       edit '07.6.15