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<添付写真 8枚>
 天正18年(1590)蒲生氏郷は、豊臣秀吉の奥州仕置きによって会津藩主となりました。茶道に親しみ利休七哲に挙げられるほどの人物でした。千利休が秀吉の怒りに触れ切腹を命じられると、千家の茶道が途絶えないように、利休の息子「小庵(しょうあん)」を会津にかくまいました。このとき小庵が氏郷のために建てたと伝えられるのがこの茶室「麟閣」です。

 その後、氏郷は徳川家康とともに千家再興を願い出て、千家が小庵の子「宗旦(そうたん)」に引き継がれ、そののち表・裏・武者小路の三千家が興されました。茶室「麟閣」は戊辰戦争で戦火をまぬがれ、市内の茶人「森川善兵衛」宅に保存されていましたが、平成2年市政90周年を記念して鶴ケ城の元の場所に移築されました。抹茶一席500円で味わえます。

 ※ガイド...パンフレットから借用                          ... (^o^)/~
...この静寂はなんとも言えない
...出迎えてくれた花一輪
●茶道については、 「千利休」と同時期の創始による流派が多数あり、ここでは解説は致しません。
...正面入り口

●茶室 麟閣 Rinkaku        edit '07.6.11