< 3230 >
●’11.4.7(木) はれ
 何事もなく終わるはずの一日が深夜23時半過ぎに突然襲った余震です。震度7ということで、約1分強の完全な直下形の揺れでした。数日前からゆらゆらと揺れていたのに気がついていましたが、地震酔いではなく、やはり家屋がゆっくりとした周期で揺れていたのです。23:30過ぎに来た余震ですが、揺れが落ち着いたと思ったら、電気がシャットダウン...散乱した中に、「ここに懐中電灯があったはず...」と捜したのですが見あたらない。非常照明として活用出来たのは、なんと携帯電話です。飲みかけの水割りと、机に置いたコーヒーがヘソを曲げて溢れですほどの揺れです。コーヒーカップは転倒しなかったのですが、ウイスキーコップは落下物に直撃され、横倒しになりカーペットが水害になってしまいました。慌てても仕方がないので、差しあたりデジカメで暗闇でのデジメモです。電気が回復する様子もなく、諦めてラジオを聞きながら横になりました。非常時に欠かせないものは二つ、「懐中電灯」と「ラジオ」です。

 地震後の部屋の様子ですが、今回は自分の書斎?の様子にしました。こんな案配で6畳間を気儘に使っています。



●3.11の時とは違い、今回は縦揺れの関係から内部のものまでは落ちませんでしたが、なにげなく積んでいたものが落下しました。一番酷いのがDVDとかのプラスチックケース類です。これらは、走るは走るは...外側のケースまで吹っ飛んでいました。見事なものです。



●地震後の南側の状態です。左側の無線機はV・UHF帯のもので、ぐらぐらした机の上に置いた鉄製のラックに付属品を並べています。右側は、短波帯HFの大きな重い無線機です。上に置いていたアンテナ切り替え器が綺麗に横にずれ、簡易本立てに挟んでいた書類などを押しやり、書類が全部吹っ飛び散乱しました。コンピュータも振動でひっくり返りなんとも凄いものです。偶然にもコタツの上に孫が置いたお人形さんが、クッションになりスタンドの蛍光管は大丈夫でした。前回の経験から、ガラス戸の本箱などはきちんと閉める。天井まで届くつっかい棒構造の本箱は安心で被害が殆どありません。ただ、少しあいた所にふと置いた物は見事に弾かれいます。なんか分かっていても、のど元過ぎれば...なんです。比較的に軟らかに動く物は地震に強いことが分かります。



●4.8(金) くもり
【余震の震源地と用語】
 電気がない生活はこんなにも不便なものなんですね。朝からラジオを聞いていましたが、「地震で、数カ所の火力発電所が自動停止し復旧の見通しが分かりません...」ですと。今回の震源地はやはり宮城県沖で深さが約66Km、マグニチュード7の「スラブ内地震...内陸部の深部で起きるひずみ」ということでした。前回の「プレート境界地震」とは違い津波の心配はなかったようです。内陸部は津波という心配はありませんが、沿岸部はダブルパンチを食らったようなものです。このストレスは大変なものです。
 停電になると携帯電話基地局の電源が自動的に切り替えられるようで、今回もメール機能は最後まで生きていました。このメール機能の関係で、ラジオのキー局、岩手の場合は「NHK」と「IBC」になりますが、いろいろな情報がメールで寄せられそれが放送されていました。ネットがきかない場合は、ラジオが一番有効ですし、ドライバーの方達にとっては、大事な情報源となります。

【送電線事情】
 暇人は、電気の回復の情報がラジオから流されるのに気がついてメモしてみました。沿岸部は昼過ぎ13:00頃には復旧したようです。随分と早い。それからかなり時間が経過し、八幡平市が15:30、盛岡市内が15:40に回復。17:00過ぎに買い物に出た家人が言うには「市内の信号と、お店の電気がついてたよ...」。
 18:15...夕暮れになり、わが家から見て西側の街灯がつき始めました。その頃、水沢が復旧したようで、「そろそろだな...」と思っていたら、18:30「バチン...」と鳴り待ちに待った電気が回復しました。岩手県下の世帯数は約81万戸なのだそうですが、今回は全域で停電になり一関は配電盤の修復が大変だったようです。江刺付近はは21:00頃に復旧したそうです。岩手県は広いので東北電力の方達も、こんな時には大変な作業になるのでしょうね。管理は殆どがコンピュータで済ませていることでしょうから、幹線と枝線との組み合わせで配電していくのでしょうけど...

【携帯の圏外表示】
 携帯電話が8日の午後になってから通信回線が不安定となり、夕方近くには「圏外」表示になりました。ちなみに私が使っているのは「au」ですが、ドコモとソフトバンクとのサービス状況は少し違うようです。どちらにしろ基地局の非常電源はバッテリーでしょうから、そんなに長い時間回線を維持できることは出来ないのでしょう。今回も、回線がある程度制限されてもメール機能はぎりぎり最後まで使えるメリットが証明されました。今日はHPの整理する元気もなく、写真の簡易取り込みといつもの方達へのメール処理をし、早めに横になりました。



●4.9(土) 小雨

 今日は気温が上がらず、雨が降っています。今は「微細動」というか、微妙にこの地殻変動を体が感ずるのですが、今のところはあまりありません。新聞を見たら県南部の前沢〜平泉付近が地割れや地崩れで大変なようです。付近の高速道路も法面の崩落があり、「水沢〜宮城の古川」辺りまでは通行止めになっているようです。

【東北電力の発電所と送電線の関係図】
 朝日新聞社のHPに東北電力の関係図が掲載されていました。今回の大余震での停電は東北6県全体の福島の一部を除き、殆どが停電となり、特に青森・岩手・秋田は全面被害を被ったようです。これらの詳しい内容については次のアドレスを参照して下さい。こうしてみると、各県にある発電所が分かりますが、水力・地熱・風力などの発電利用は微々たるものなんですね。火力がCO2の関係で縮小せざるを得ず、原子力発電に移行するのが地球温暖化の関係から、世界各国が競っているテクニックなんですね。東電がここらの被災された事故処理で、世界中から批判されるのも頷けます。

  <http://www.asahi.com/national/update/0408/TKY201104080387.html?ref=goo>


低レベルの汚染水放出
 低レベルの汚染水を海に流したことが世界各国から批判されていますが、新聞を読んだら予め外交ルートで近隣諸国には通達済みだったのですが、韓国に届く前に、海外ネットから情報が流されてしまったようです。ここらの、ネット情報源は見つからないのですが、なんか不思議な気にもなります。
 ネット情報として、東電は自民党へ政治献金していたのが掲載されていましたが、企業サイドで言えば当然のことでしょうし、まともなことであの何もおかしな事ではないと思います。民主党にも献金をしていたのでしょうか?多分それはないのでしょうけど...

【地デジに関連して】
 ちらりと新聞に報じられていたのは、被災地に関連して7月25日からの地デジへの切り替えが、岩手・宮城・福島の3県について半年から1年の猶予が検討されているようです。ここらは早めに結論がだされるのでしょうが、ただ空いた周波数帯の携帯電話回線利用との関係から一悶着おきるのかもしれません。中継塔の建設に問題が生じたのか、テレビアダプターの問題なのかはよく分かりませんが...



●4.10(日) はれ

 明日で震災から一ヶ月になりますが、新聞に詳しいデータと写真「宮古市田老・宮古市・山田町・大槌町・釜石市・大船渡市・陸前高田市」の空撮写真が掲載されています。浸水範囲が広範囲で、高台と言われる所まで川が逆流したのが確認されたようです。新聞からの情報によると、9日現在で「停電」2万9千戸、「断水」4万2千戸、「ガス停止」3千戸、「固定電話不通」1万1千戸のライフラインが遮断されたままです。9日現在の災害対策本部のまとめによると、死者3766人、行方不明者4804人と発表されています。全国では1万4千人の行方が分からず、被災地での捜査は長期化するようです。
 各地から内陸部への一時避難が本格的に始まり、盛岡・花巻・北上・奥州・一関...など近隣7市町村へ1400人の避難となっています。余震の関係でJRや新幹線が再度遮断されましたが、明日には再開する模様です。高速道も復旧したようで、内陸部のパニック状態も一段落しています。突然の余震災害で、思わぬ所の道路や橋などが遮断されたりしますが、大変な試練となりますが頑張りましょう。岩手県内の情報は岩手日報社のHPをご覧になれば、より詳しいことが読み取れます。アドレスは下記の通りです。
  <http://www.iwate-np.co.jp/>



●4.13(水) くもり

 それにしても余震が多い。今朝の4時半頃に震度3で、岩手県沖の震源地でした。揺さぶられても体が反応し、危険度を判断するようです。気象庁の発表によると、12日以降のM5以上のものが410回発生。そのうちM7クラスが5回、M6クラスが70回と発生しているが、徐々に減少傾向になっているようですが、一段落するまでにはまだ油断が出来ないようです。地震活動が、長野・千葉・茨城...と、広域に渡っているのが特徴で、大震災後に内陸部で地震活動が活発化した...と、報じられています。

・【原発事故レベル7へ
 月曜日に放映された「TVタックル」を見た。今回の原発事故での対応や原発へのいろいろなチェック機能があることが解説され、知らない世界を比較的に分かりやすいように放映された。ただ、余震がある度にテレビで流される係官の「保安院」・「東電」・「官房長官」と、飛び交う訳の分からぬ用語と説明がどんどん推移するのを見ていると、一体イニシアチブを持っているのは何処なのだろうかと疑問が残る。最終的には、今回の事故で誰が責任をとるかと言えば、東電が一番悪者になってしまうが、全面これを背負うことは到底無理。仕組みからするとこの「保安院」というのは、どの程度責任統治出来る権限を持ちあわせているのだろうか。原子力のデータや資料を持ち合わせているのは、「アメリカ」と「ロシア」であり、どんどん諸外国へ援助を依頼しこの事故が収束出来るように期待してやまない。海外からデータの公開が遅いと批判されるのも仕方がないと思われる。
 悲しいことに福島原発の収束が見通しが立たず、結構大きな余震がある度にNHKの放送を見る。「経済産業省原子力安全・保安院」という長い肩書きのお役人がその都度いろいろな解説をするが、この保安院の見解と、東電の発表とがかみ合わない。加えて官房長官の解説などが報道されると、どれが一番確かな情報なのかが判定できない。テレビ中継が地震があれば直ちに報道される速度に、係官が慌てふためいて応答する姿勢に唖然とする。簡単に言えば、説明する確実な情報を待たずに放映している姿は、「一体、どうなっているのだ...」とも思う。簡単にすべての情報が得られないことへのもどかしさが出るが、それだけきちんとデータなどが得られていないのでしょう。最悪のシナリオであるレベル7への引き上げ宣言は、何を意味するのだろうか。いろいろな波紋が生ずると思われる。

 福島の第一原発30キロ圏内の12市町村には20Km圏内への「避難指示」、30Km圏内への「屋内避難指示」等が発令された。現在の「避難区域」と政府が指定する「計画的避難区域」、「緊急時避難準備区域」とどんどん範囲が拡大している。これらの地域で土壌検査が始まり、放射能汚染に伴う作付けに危険信号がともされた。放射能は同心円状に伝搬するとは限らず、気象条件により飛び飛びにまき散らされる。川俣町の飯舘村は双葉町から北西方向に位置し南相馬市と接しており30Km範囲外の地域に相当する。今年も作付けの時期になったが、農産物すべてを放棄したとのこと。福島県にとっては大変な受難の年に遭遇しました。

・【交通網の回復
 7日に襲われた余震の関係で、再度遮断されましたが、東北新幹線「東京〜福島」と「盛岡〜新青森」間が再開されました。全線は月末までには再開されるようです。JR東北本線はまだ見通しがたっていませんが「北上〜水沢」間が再開されました。こんなにもズタズタに引き裂かれてしまった鉄道ですが、都会地とは違い自分たちの移動手段は自家用車が主となります。ガソリンが高騰しノーマルで150+円していますが、内陸部では給油渋滞はしていません。さすがにスーパーでの品物が一段落していますが、何故かビールが品薄となっています。豆腐や納豆は回復しました。



●これは先月の20日頃の陳列棚の様子です。



●4.16(土) くもり

 今朝の新聞(岩手日報)に掲載された「津波遡上高」のデータです。それによると「明治三陸津波(1896年)」の最大値を越えたことが判明。岩手県内はリアス式海岸で、日本列島が形成された北上山系最古の地層に、県北の洋野町から宮城の気仙沼あたりまで海岸線が切り立った状態が続きます。三陸沖は親潮と黒潮のぶつかる場所で、漁業の盛んな所で、山間の狭い土地に集落が展開しています。国道45号線を走破した経験があればお分かりでしょうが、この素晴らしい景観は素晴らしいものです。久慈〜宮古間には大きな漁港はありませんが、宮古・釜石・大船渡・気仙沼(宮城)...と、内陸部との交通路の関係から大きな漁港が開設されています。県内で今回最大の被害地となった「陸前高田」は、気仙川の三角州状の平野でかなり広くなっており、海岸には「高田松原」が展開していました。
  
 ・久慈市    半崎    12.3m ...久慈市の太平洋側で石油備蓄基地がある付近
 ・田野畑村  島越    27.6   ...北山崎遊覧船が出る港があり、三陸鉄道の「たのはた」駅があった辺り
 ・宮古市    田老    37.9   ...宮古市から北に位置し、二段に作られた防潮堤が有名。近くに「真崎海岸」がある
 ・        姉吉    38.9   ...宮古市を囲むように突き出している「重茂半島」の南側にある「とどケ崎」付近
 ・大槌町   役場付近  11.8   ...防潮堤がありますが海岸部と接しています
 ・釜石市   市内     11.7   ...海岸部と接しており、以前には「釜石製鉄所」がありました
 ・大船渡市  綾里     30.1   ...大船渡市から東側に位置する「綾里湾」の辺り
 ・        赤崎    10.5    ...「大船渡湾」の東側で「小野田セメント」がある付近
 ・陸前高田市        18.9   ...平坦地が広がったところです
 
 これらのデータは東京海洋大学の調査結果で、地形により波が何度かぶつかり合い増幅したと考えられています。陸前高田は、地盤沈下が激しくかなり沈み込んでいるようで、市街地は津波に押し流され壊滅状態となり復興には気の遠くなるような長い時間が必要になるのでしょう。

・【福島原発
 未だに原発事故は収束していません。いろいろな憶測と風評が飛び交い、周囲の農業・漁業などが大打撃を受けたままで春を迎えました。首都圏への穀倉地帯としての「福島・宮城」付近の沿岸部は塩害で、特に「福島」の場合は、内陸部は放射能汚染に見舞われ耕作中止が伝えられています。震災と原発事故とで巨額の補償と賠償とが課題となります。原発事故は東電だけではどうにもならず、国が補填する、つまり我々の税金で補うことになります。「想定外...」という言葉が、大きなインパクトを持っていますが、こんな災害時にもかかわらず政局は与野党とも混乱がそのまま継続し、政局も原発事故と同じで混乱の極みです。

・【非常時に大切なこと
 今回の震災で大きな発見をしました。緊急時に必要なものとして、「ラジオ...電池の小型なもので動くもの」・「懐中電灯...LED方式の小さなもの」・「水を蓄えるポリタンク」・「自転車...ガソリン不足時の移動手段」・「石油ストーブ」などですが、停電時のことを考えて最低限度のものはいつも置く場所を決めておいた方がいいと思いました。今は停電などという事には遭遇しませんから、緊急時の事を考えておくのも大事だと気がつきました。特に夜間の場合の照明には、ロウソクは危険です。今回の震災の関係から、「懐中電灯」・「乾電池」が店頭から姿を消し、一気に品不足におちいった経緯があり、各メーカーとも増産していると報じられています。なお携帯電話の充電器も必要ですが、車のバッテリーの転用なども考えられます。非常用の手回し発電機付きのラジオもあるようですが、電気製品は電源が遮断されてしまえばどうにもなりません。今回のような非常時には、ラジオが最大の情報源となりますし、「携帯電話」のメールがとても有効でした。



●4.17(日) はれ ...風つよし

・【学校と避難所
 4月になり学校の授業開始に伴い、校舎が避難所として使われていることから生活と教育との調整に迫らている。岩手県災害本部のまとめによると、県内382カ所に約4万2千人が避難している状態で、公共施設への避難が大きな課題になってきた。学校施設が待避所として指定され使われている以上、無理が出てくるのは当然のことでしょう。沿岸の大槌高校では、教室と体育館に400人が生活し、学校と避難所がどのように両立させるかが問われ、避難所からの移動に住民が戸惑いを隠せない。大槌ばかりではなく、今後もあちこちでこのような混乱が続くと思われる。仮設住宅を設置すると言っても、山間部の狭い土地に、遊んでいる土地が簡単に見つけ出すことは難しいし、山を削って平地にするなんて簡単に出来ることではない。今まで、先祖から引き継いできた土地で生活が成り立ってきたことを考え合わせると、簡単に生活根拠地を手放し移住することは決断がつかないのは理解ができる。これから、被災地では復興・復旧に向けて課せられた大きな課題になるのでしょう。

・【停電の解消
東北電力岩手支所の発表によると、県内の停電が大震災発生後4月18日までにはほぼ復旧することになった。16日現在停電しているのは2万8729戸で、このうち家屋の385戸については18日までに復旧する予定。流失などでの地域については復旧には瓦礫の撤去などで見通しが立たない状態から全戸復旧は長期化するようである。

・【鉄道事情
 未だに一関〜盛岡間は鉄路が閉じたままです。11日の本震に追い打ちを掛けた4月7日の大余震で、かなりの箇所で電柱傾いたりしその復旧に手こずっておるようです。新幹線も事情は同じですが、鉄路は月までまでには回復しそうです。ちなみに、高速道路の復旧が殆ど完成し、流通関係は順調に推移しているようで、スーパーなどの品数が殆ど戻りました。



●4.21(木) くもり

・【東北本線ようやっと開通
 今までの復旧作業がみのり、ようやっと仙台まで東北本線が開通した。あと数日には新幹線が復旧するようで、月末までには完全に復旧するとのこと。かなり体感余震が減ったが、この大震災はなんと言ったらいいのかコメントのしようがない。不幸にも震災に遭われた方達には、お悔やみを申し上げるだけしか出来ない。内陸部に住んでいることで、予期せぬ津波で一命を無理矢理さらっていったこの宿命には誰にぶつければいいのだろうか。どのように生きたとしても人生は一回であることは納得していてもなんともやりきれない気がする。亡くなった方達の殆どは水死か瓦礫での圧死と検死がなされていた。ご冥福を祈るだけしかない...合掌 (>_<)

・【混迷の原発事故
 福島原発事故からかなりの時間が経過したが、未だに沈静化していない。汚染水を海に流すは、放射能を周囲にまき散らすはで、なんとも言いようがない。今日の内閣方針で、原発から20キロ圏内が「警戒区域」に設定された。これは福島県からの提言のようで、家畜の世話や生活必需品などの入手目的で、現地への立ち入りが増加しているための措置といわれる。相互的に判断された決断と思うが、何故かここには「東電」と「保安院」のコメントが見あたらない。この措置に伴い「避難指定区域」に該当する地域住民は困惑し、不満がの声が吹き出した。これには「罰則規定」が設けられており、「立ち入り禁止命令」に反した場合、10万円以下の罰金か、拘留されることになっている。ただ一時帰宅が認められており、バスの移動で団体で行動することとなり行動が厳重に拘束されている。短時間の滞在では支障がないが、長時間の滞在では著しいリスクが伴うことを意味する。

 管首相が福島県田村市の避難所を訪れ慰問したとき、「原発事故を何とかしてくれ」「早く家に帰りたい」と怒号があがったという。このようなことが報じられると、「放射能汚染の実態」をマスコミはもっと被爆の事例をどんどん報道すべきではないかと思うのです。原発施設の周囲に立ち入ることは、放射能汚染と被爆というリスクが伴う事になるのだが、ここらのことを伝える必要があると思うのです。これらの対策は誰の責任でもないが、原発設置を許した福島県側にも地域住民への情宣活動が欠けていたように思われるます。菅政権のみが一方的に悪者になっていますが、住民側にも放射能汚染の実態を知らない身勝手さも感ずるのです。被爆するという危険性を実感として理解できない弱さはあるのですが、端的に言ったら、「やけどの酷いもの」が時間ともにじわじわと体を蝕む怖さが理解できないのでしょう。極端な言い方をすれば、地元に「原発」がなかったら、こんな貧乏くじを引くこともなかったです。今回の震災で、このような予期せぬ事故に遭遇したのですが、いまから40年前に、原発を誘致したときには、「東電」と当時の「自民党政権」との兼ね合いで、地元は諸手を挙げて「原発」の設置を祝ったのではないでしょうか。考え方によっては皮肉なものです。
 
 菅総理はあらゆる方面から、叩かれてしまうだけでなんとも割に合わない感じがするのですが、谷垣総裁でなくって良かったですよね。皆様から祝福されて成り立った政権交代が、このようなツケと試練が課せられることで、今後、民主党が強くなるのか、それとも政権を投げ出してしまうのか、大きな岐路に立たされた感じがします。考え方を変えると、党内外からの批判に晒されても、孤軍奮闘している菅総理が、精神的に一番強いのかもしれません。頑張れ菅総理!!今はそうしか言えないのです...(^O^)/~



●4.25(月) はれ...曇り・雨

・【統一地方選の結果
 予想通り民主党の敗退と党勢力の国民から愛想を突きつけられています。格別目新しい話題ではありませんが、「***大臣」の旦那様が落選していることを知りました。国民から期待され、望まれてスタートした政権交代でしたが、大震災にも愛想を突き出され今後は政権の後始末に追い込まれたようにも感じます。さりとて「自・公」政権に戻ったとしても、このようにかき回されてしまった政治の状況を正常なスタイルに戻すには大変なことになります。党内外から吹き出した「菅おろし」は仕方がないのでしょうが、それにしても「谷垣総裁」に万難を解決する程の器があるのでしょうか。混迷の政局が続くようです。

・【2016年 岩手国体の辞退
 国体の開催が内定し準備が進行していたのですが、今回の東日本大震災後の復興を優先させるために国体開催内定を辞退。今年度一般会計予算に計上した選手強化費用(1億8400万円)なども震災復興費に充てる方針で、震災対策を優先することに決定。達増拓也知事は25日、正式に表明するようです。全体の競技会場の再整備と、災害復興を並行して行うのは財源上から不可能と判断したもの。この記事の内容は読売新聞からの抜粋です。

・【東北新幹線
 3月11日の大震災と、4月7日の余震とで二度も震災に遭遇した新幹線ですが、徐々に復旧しそろそろと動き出しました。月末には全線が開通するようです。新幹線の耐震設計は万全で、さすがに高架橋などの崩落はなかったようですが、給電の電柱などは大変な被害だったようです。地震に強いことが証明されたのですが、新幹線も肝心な電気がないと動きがとれないのですね。

 4月25日仙台駅舎の修復も終わったようで、ようやっと「東京〜仙台」が開通しました。残り区間は「仙台〜一関」間ですが、復旧にかなり手こずっているようですが、29日には試験走行が済み全線開通する見通しとのことです。時速300Km近い移動体ですから、鉄路はきちんと整備しないと惨事を招きかねません。 

 相変わらず未だに余震が続いています。太平洋側を襲った大津波と福島原発事故の連動で、大騒ぎとなった2011年。時間がいろいろなものを包み込んで過ぎて行きます。



●少しページが長くなったのでメモの継続は、「次ページ」に移動します。<復興が始まった沿岸地区>  ・・・>newpage3234へ

 【使用カメラ...Sony DSC-T30  3× Optical Zoom 7.2Mega Pixcel】

●気まぐれ Diary Memo        edit '08.5.8〜

*** 参った...大余震M7の襲来 ***   
<添付写真2+1枚>