1.仙台空港から香港経由でタイへ。真冬と真夏の服装をどうするか、悩む。冬と夏の準備は少し大変。出来るだけ荷物を少なくしょうと、割り切っていつものスタイルで出かけることにした。





2.ワット・プラケオ
 タイは王国である。バンコクの町の中には王様と皇后さまの大きな写真が飾られている。朝・夕方の決まった時間になると国歌が流され皆様が直立不動で対処する。「おやっ」・・・と思ったが、なんの違和感もわかない。





3.ワットとは、お寺という意味なんだそうな。きれいで大きなお寺は王族のゆかりのもので、ピンピカ金色の建物や仏像が安置されている。当然、ここには庶民は安置されない。





4.なんか東洋人のお顔つき。やさしい笑顔はなんとなく人なっこい感じがした。仏様はやさしくて、おだやかで、慈悲の心で人をつつむ。ブーラーフマン(全知全能の神様)の伝道者






5.入り口のふたつの像は魔よけのものである。バンコクにいけば一度は見学しているところである。








6.ブツタの涅槃
 ブッタの涅槃である。残念なことに内部の改装中で足場の隙間からの見学でした。








7.ブッタの足裏
 見事な扁平足である。無意味であるが、足指の指紋は誰のものなんかなぁぁ---なんて考えた。





8.アヤタヤーの廃墟
 建設年代がはっきりしないというが、1370年代にはここに44mの仏塔があったという。アユタヤ−の廃墟である。ビルマ軍によって破壊された頭だけの仏像、頭が切り取られた仏像、レンガ積みの寺院の廃墟は現在でも修復作業がされていた。





9.ワット・プラ・マハタート
 その昔、ビルマ軍に破壊され、木の根っこに取り囲まれた仏頭、レンガ造りの仏塔の廃墟など、当時の栄枯盛衰がしのばれる。






10.ワット・チャイワツタナラーム
 1630年にプラサート・トーン王が母親のために建てた寺院の跡。1767年侵攻してきたビルマ軍の駐屯地とされ破壊されてしまった。






11.中央にたつ仏塔はものすごい急坂である。ここを中心として4つの仏塔が取り囲み、全部で8つの仏塔がある。広大な敷地である。






12.頭のない仏像
 ビルマ軍により破壊された頭のない仏像。なんとも言えない虚しさが残る。







13.クワイ川と鉄橋
 この鉄道は第二次世界大戦時、日本軍がお隣のビルマまで、現地人や連合軍の捕虜を酷使し、軍事物資を運ぶために作った鉄路とその鉄橋である。映画「戦場に架ける橋」の舞台となったクワイ川の鉄橋として戦争の悲劇の舞台となった。現在、この鉄道はお隣の国ミャンマーまでつながっていない。カンチャナブリ−は完全な観光地である。





14.敷設当時は木造だったという。しかし、連合軍の空襲で爆破され、二度目に鉄橋になった。アーチの丸いのはオリジナルのもの、台形のものは造り直された部分。枕木なんかには、当時のメモなんかが残されているのだそうな。




15.アルヒル桟道橋
 カンチャナブリーから50Kmのところにあるアルヒル桟道橋。突貫工事による爆破で、デコボコになった岩壁にへばりつくように作られた300mほどの木橋で、老朽化がはげしく改修工事が行われるようである。終着のナム・トク駅の手前にある。






16.列車はナム・トク駅からおなじ経路で再びもどる。バンコクを朝に出て、夕方に帰る一日コースである。周囲の畑や田舎の様子、観光地のざわめき、列車の旅でのんびり、ゆっくりの散策であった。






17.頭を切り換えましょう。バンコク市街の北にある市場の金魚。可愛いが日本にはおみやげには出来ない。






18.ワット・ロカヤスタ
 野外の「ブッタの涅槃」。大きな広場にポツンとあるだけで、前の道路際におみやげ屋さんが数カ所あっただけである。ここはごちゃごちゃとした見学者はいなかった。








19.世界が平和でありますようにと祈っている仏像。お隣のインドが仏教の発祥地であるとすれば、タイは仏教国といっても、日本の伝来仏教とは異なる。
セイロン、ビルマ、カンボジア、ラオスなどに広まったテラワーダ(上座部)仏教である。タイには13世紀ころにスコータイ王朝から広まり、現在も手厚く保護されており、タイ人の94%は仏教徒といわれる。



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【タイの散策】

●真冬の日本から、真夏のタイへの旅行である。常夏の国は、な
にもかものんびりとしているように思えた。線路の近くのバラック、
排気ガスの充満した町並み・・・、アユタヤ−、クワイ川のお決まり
のコースである。帰路、香港に道草をする。

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【 解説 19枚 】

Thailand