【Overseas 旅行編 履歴】

●2000.7.19〜26まで、中国へ旅をする。北京市内のフリープランに、オプションで万里の長城・明の十三陵を追加する。

●2001.7.27〜8.5にかけて、シルクロードのお勉強に出かける。西安・敦煌・ウルムチ・トルファンと旅する。 日本列島の何倍かの移動である。飛行機・列車とも快適であった。

◆ 2001.12.27〜2002.1.5まで、タイ・香港へ。新年を暑い国でと思い、真冬の北上から真夏の国タイへと旅する。バンコク・クワイ川・アユタヤーへ。

■ 2002.6.5〜16まで、スイス・パリのヨーロッパへ。この時期の選択は、格安の飛行機運賃で行けることに、その理由があった。びっくりしたのは、何処に行っても、なんと日本人の暇な方が多いにびっくり。

◇散策したいところ
※1.イタリア・スペイン・トルコ・イギリスなどのヨーロッパへ       
※2.オーストラリア・ニュージーランドへ
※3.ブラジル・アルゼンチンなどの南米へ
※4.エジプトなどの地中海・アフリカ方面へ
※5.インド
  まだまだ行ってみたいところが...困ったものです...(^O^)

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◆香港編・・・狭い土地に高層ビルデングが乱立。華やかなネオンサイン、日本とあまり違わない。ここも中国である。ついでに広州まで足をのばす。きちんと国境が存在する。同じ中国なのに、経済力・服装・家屋もみな違う。香港から広州へは自由に出入りが可能だが、その逆は厳しい制限がある。いったいこれはなんなんだろうと、考えさせられた。

[パリ編]

[スイス編]

・・・2002.7.30更新
・・・2002.8.1更新
・・・2002.8.17更新

■2003.9.19〜25まで、ベトナム・カンボジアの散策をする。季節は雨期の後半で、スコールが訪れるが時間にして大体3時間くらいで晴れる。
  経費が格安のこと、アンコールワットをみたいということが旅行のねらいであった。ビックリするのは若い年代層の日本人旅行者の数であった。
 
●ベトナムは社会主義共和国である。サイゴンは現在はホーチミンと都市名が変わっており、首都は北のハノイである。北から南まで大体日本列島と同じくらいの距離があり、人口は約8000万人位である。
 入国でビデオカメラは申告したが、一度もチェックされることはなかった。貨幣の単位にめんくらう。

●カンボジア王国は、国土が約日本の半分位で、人口は約1100万人である。シエムリアップは、首都プノンペンからみて北の田舎町である。

ベトナム編

カンボジア編

edit....2003.10.10

■2004.1.8〜13まで、3度目の中国散策である。昨年からVISAがなくなり、一ヶ月前から動き出しても簡単に行けるようになったのはいいことである。ガイドが言うには、昨年はSARSのあおりをうけて、格段に観光客が減少したそうである。

●桂林・・・定番の漓江下りコースであるが、渇水で航路が制限され、漓江下りではなく、短い区間の往復であった。                                 桂林市内の散策は、公園と圧巻の鍾乳洞であった。


●上海・・・ご自慢のテレビ塔で、東京タワーより高い。先端部分まで100元(日本円でおおよそ15倍するといい)。対岸の外道は、夜が観光スポットである。香港とは違った感じであるが、若い人達のファッションは、何等日本と変わりがない。大都会である。

桂林編

上海編

edit  2004.2.20

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****** 海外編の写真は、ビデオカメラ(VX2000)から取り込んだものです ******